本事件は病院内での診療に端を発しており、病院内での不審な経過を理解するためには、そこに登場する医学用語の理解が必要ですし、死後の偽装工作を理解する上で、法制度の理解も必要です。それらを理解するための用語について簡単に解説しました。
医学用語・法制度の解説
- 冠動脈:心臓の筋肉・組織に酸素と栄養を送る血管。右冠動脈、左冠動脈があり、左冠動脈はさらに主幹部から左前下行枝、左回旋枝に分岐する。
- 心筋梗塞:心臓の冠動脈のいずれかが閉塞する(詰まる)疾患。治療はPCI(経皮的冠動脈インターベンション)またはCABG(冠動脈バイパス術)
- PCI:経皮的冠動脈インターベンション(形成術・ステント留置術):橈骨動脈または大腿動脈からガイドワイヤーを挿入し、それに沿ってカテーテルを心臓の冠動脈に向かって進め、狭窄または閉塞した冠動脈を拡張し、ステントを留置し、血流を改善または再開させる内科的治療。
- 動脈解離:動脈壁が剥離する(はがれる)こと。剥がれた動脈壁(偽腔)の中に血液が流れ込むと血行を遮断してしまう緊急事態となる。
- 穿孔:血管や消化管に穴が開いてしまうこと。疾患で生じる場合と医療行為で生じる場合がある。
- IABP:大動脈内バルーンパンピング:大動脈内にバルーンを挿入し心臓の拡張に合わせて収縮し、心臓の収縮に合わせて拡張することで、心臓の働きを補助する。重症心不全に対して使用する。
- 心膜:心臓全体を包んでいる膜
- 心嚢:心臓全体を包んでいる膜と心臓表面の間の小さなスペース。「心膜腔」とも呼ぶ。
- 心嚢液(心嚢水):心嚢に貯留した血液や漿液などの液体成分。
- 心タンポナーデ:心嚢液が貯留して心臓を外から圧迫し心臓が拡張不全(広がりにくくなること)を起こし、循環動態が破綻した状態(血圧が低下し、全身に血液が十分に送り出せなくなった状態)。血圧は低下し、頻脈(脈拍が速くなる)が特徴。心エコーで「右室虚脱」を認める。
- ショック:血圧が低下し全身臓器に十分な血液が送り出せなくなった状態。①循環血液量減少性ショック(脱水、貧血)、②血液分布異常性ショック(敗血症、アナフィラキシーなど)、③心原性ショック(心筋梗塞、弁膜症などに由来する心不全など)、④心外拘束・閉塞性ショック(緊張性血気胸、心タンポナーデなど)、⑤神経原性ショック(脊髄梗塞・出血、交感神経障害など)の5つに分類される。
- 心不全:何らかの原因で心臓の機能(血液を送り出すポンプ機能)が低下した状態。原因として虚血性心疾患(心筋梗塞、狭心症)、弁膜症(大動脈弁、僧帽弁、三尖弁、肺動脈弁の狭窄・閉鎖不全、逸脱)、心筋症(肥大型、拡張型など)、不整脈などがある。
- 胸水:肺を包んでいる胸膜と肺との間のスペースに貯留した血液や漿液。
- 血胸:肺を包んでいる胸膜と肺との間のスペースに血液が貯留した状態。
- PEEP:呼気終末陽圧換気:人工呼吸器の設定の1項目。呼気(息を吐く)終わりの時点で肺胞が虚脱(つぶれる)のを防ぐために一定の圧力を残す設定。心タンポナーデの場合、この圧力を残しておくと血圧が低下するため、ゼロに設定する。
- 急性硬膜下血腫:脳を包んでいる膜と頭蓋骨の間に出血した状態。頭部外傷によるものがほとんど。
- 病理解剖:難病などの機序の解明のために行われる学術的解剖。患者の生前の希望、医師と患者・家族との良好な関係がこの解剖の必須条件
- 司法解剖:事件性が疑われる死体に対して死因解明目的に法医が行う解剖。
- 死体検案書:死因が不明の場合に検案した医師が記載する死亡証明。司法解剖の場合は100%死体検案書となる。
- 死亡診断書:病院または在宅などで死亡診断した医師が記載する死亡証明。死因は「病死または自然死」に限られる。
- ※死亡診断書と死体検案書の書式は同じ。死亡診断書(死体検案書)、診断(検案)はいずれか一方を二重線で消す。
- 死亡届:死亡診断書(死体検案書)の左側に記入欄がある。遺族がこれを原本で受け取って、死亡届を記入して役所・役場に提出することで、死後の手続きが進む。
- 証拠保全:管轄裁判所に申し立て、当該医療機関に対して証拠の提出を求める民事手続き。